2017年3月11日土曜日

天守閣とは何か!


明治維新のあと、政府令が出され
全国の城が取り壊された。
米子城も天守がない。
CGによる復元想像図がこれ。
『米子城の天守と御殿 談義』(3/10)
という集まりで、
この図を作成した先生に伺うと
歴史シロウトのワタシは
いろいろ目からウロコが落ちた。

そもそも天守閣とはお殿様やお姫様が
住んでいるところではないそうな。
お殿様たちはふだん御殿と呼ばれる、
平屋の施設に住んでいる。

天守閣の役割は大きな蔵であって
ふだんは鍵がかけられていて、
めったに出入りしない建物なんだって。

いざとなったら軍事要塞と化した
戦国時代はともかく、
現在目にすることができる天守閣は
江戸時代以降のものだから
有事はほとんど想定していない。

ところが米子城の面白さは
時代の違う天守が並立しているところだという。

向かって左側は関ヶ原以前に吉川が建てた。
右側(通称・大天守)は関ヶ原以後、中村が建てた。

つまり、バリバリ戦国仕様の天守と
徳川時代幕開け、平和安定仕様の天守が
並んで建っていたわけだ。

しかも、戦国時代の方が
完璧な図面が残っているので
再建したら、正確に戦国時代の天守を再現した
城マニアにとって垂涎の的になる!らしい。

図に解説されている
「石落とし」が面白い。
攻めてきた兵を退ける防御装備で
左の天守にはあるが、右の天守にはない。
戦国仕様と平和安定仕様の差が顕著にわかる点だ。




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