2018年1月29日月曜日

市長出演


ワタシがパーソナリティをつとめる
ダラズFM「帰っていいとも!」の番組に
伊木隆司米子市長が出演!
都会に進学した若者に
Uターン就職をすすめるという、
番組の目的にいたく賛同、
自らも東京からのUターン経験があり
エピソードを熱く語ってくれた。

伊木市長は、中央大学卒業後、
公認会計士として東京の監査法人に就職し
若くして大企業の経営者にモノ申す立場に。
年間100日以上、全国各地に出張して
現地の工場を監査して回る
多忙な日々を過ごしたそうな。
監査という仕事で地方にいけば、
当然、下にはおかない接待をされるだろう。

「若いのに、どこへいっても
持ち上げられて、さぞかし
天狗になったでしょうね」
と意地悪な質問すると、
伊木市長は苦笑い。

ただ、30歳が近づくにつれ
このままでいいのかという思いが
日々、強くなっていったとか。

「自分の替りなんて、いくらでもいるんだろうなあ」
「自分がいなくても、誰も困らないだろうなあ」

自分の存在「意義」に「異議」を感じる
「伊木」さんだったわけだ。
そう!分かる、分かる。

群衆の中の孤独。
喧噪の中の疎外感。
都会生活でついて回る感覚だ。
まだ若くて、実力がなく、自信がもてない時期はなおさらだ。
特に独身で、将来の見通しがつかないのに
漠然と自分の人生を考えた時、
都会の雑踏にいると、たまらなく不安になる。

28歳の時、思い切って地元に戻った伊木さんは
収入も減り、当然ながら派手な仕事もなくなったけれど
意外に仕事はたくさんあり、
内容にもやりがいを感じるようになったとか。

あるとき、漁業に従事する老夫婦の
税務相談に乗っていて
「魚を買って食べたことがない」という
おばあちゃんの言葉を聞いて驚いた。
「豊かだなあ」と感じたという。
そう、経済と豊かさは別物なのだ。

このことに、気がつくかどうかは
人生の中で大きいと思う。

若者に、それをどう伝えるか。
楽しく、面白く、エンターテイメントに。
できれば、感動的に。
ワタシの出番があるような気がするぞ~。





2018年1月27日土曜日

座禅体験


米子市内の曹洞宗のお寺
福厳院にお邪魔して
ブロガー仲間と座禅体験。
教わった作法に従って、
壁面に向かって座る。
同じ禅宗でも臨済宗は、
通路側に向かって座るのだそうだ。

両足の裏を上に向けて組む座り方を
結跏趺坐(けっかふざ)というが、
初めての人はめちゃ痛いし、安定しないので
片足だけを上げる半跏趺坐(はんかふざ)を薦められた。

でも、ワタシは結跏趺坐で座った。
毎朝30分ほどこの姿勢で読経瞑想、
ストレッチの後、改めて15分、
黙して只管打坐をしている。
むずかしいように見えて、実は
慣れたら結跏趺坐が一番楽なのだ。
あぐらよりずっと長時間同じ姿勢でいられる。
居酒屋とか、落語会とか、座敷の場合があるが
あぐらだと、ワタシは腰がすぐに痛くなるので
ザブトンを二つ折りにしてお尻の下に入れ
さっさと結跏趺坐で足を組む。

もう、かれこれ20年近く前になるけど
アドラー心理学者の野田俊作先生に
瞑想の手ほどきを受けた。
身体を揺らす瞑想や、踊る瞑想、歩く瞑想など
いろいろやってみたけど、
ワタシには座禅系がしっくりくるので
ずっとこれを続けている。

なんで座禅や瞑想を続けているのかと
聞かれたら、上手く答えられない。
やらないと気持ち悪い、
くらいしか言えない。

無念無想なんて、何年やっても無理だし、
とても人間が上等になったとは思えない。
ましてや「悟り」なんか、
何百年何千年たとうが不可能だ。

ただ、面白いアイデアは
良く降りてくる。
あと、巡り合う人の縁が
素晴らしいような気がする。

だらず様と出会ったのも、
母親を在宅で看取れたのも
紙芝居を始めたのも
カミさんと仲がいいのも
そのせいだと思う。






2018年1月26日金曜日

開かずの門


米子の旧市街にある名家の門。
今から約70年前に一度だけ
開けられたことがあるそうな。
昭和天皇がお泊りになった時だとか。

戦争が終わり、GHQによる統治が始まり、
全国各地で混乱が続いた。
敗戦のショック、食糧難、
家族を失い、生きる希望を失い、
途方に暮れる多くの国民がいた。
そんな時、国民を慰め、励まし、
また復興のために立ち上がる勇気を与えることが
自分の責任だとお考えになり、
陛下は全国巡幸を始められた。
自らの危険をかえりみず、
群衆の中に飛び込むように国民に寄り添われ
国民の苦しみを自らの苦しみとされる姿を
国民は大歓迎した。

各地で国民から熱狂的に迎えられる様子は
当時、世界中を驚かせたらしい。
敗戦国の元首や国王が
殺されも失脚もせず、 
逆に国民から歓迎される例が
いったい世界のどこにあるというのか。

昭和22年、陛下は米子市にも
お立ち寄りになったそうな。
この時の様子が知りたいもんだ。

冬の日本海


朝の新雪を踏みわけながら、海岸に到着。
テトラポットに打ちつける波涛が
雷鳴のような重低音となって腹に響く。
冬の日本海の荒波は迫力が違うなあ。

雪が積もると音を吸収するせいか
市内の朝はやたらと静かに感じるのだが、
やっぱり海は別世界だ。


2018年1月25日木曜日

新元号を予想!


竹田恒泰氏によると、
平成の次の元号について、
次の11候補の中から選ばれる可能性が
7割から8割だそうだ。
(虎ノ門ニュース1/25放送)

安延、文長、永明、延化、
建安、弘永、文承、安長、
弘徳、文弘、安化、永光、建和

なんでも、元号というのは、
あらかじめいくつもの候補があって
その中から選ぶものらしい。
そもそも「平成」も
幕末に候補になったことがあるそうな。

そこで竹田サンは500年さかのぼって
過去、元号の候補にのぼったものを
すべてリストアップ、
過去に日本でもよその国でも使われたことがないもの
頭文字がアルファベットで
明治のM、大正のT、昭和のS、平成のHではないもの、
画数が少なくて、複雑でないもの
などなどを考慮して絞り込んだんだって。

ただし、「昭和」は一度も候補に
選ばれたことがないのに、
一発合格で決まったそうだから
例外もありうるとか。

すべてクリアしている
「米子」はどう?
中国古典には出てこないか( ^ω^)・・・




2018年1月20日土曜日

文化財


文化財なんだそうな。
この古びた橋ではない。
向こうの洋館でもない。
橋に添って設置されている
銀色のパイプ。

水道管なんだって。
地上に露出しているのは珍しく
その上、今も現役で使われているとか。

水道管を通す時、
川の下をくぐらせるのが大変だから
橋を利用して、またがせちゃった
ということなんだろうか?

毎日水道のお世話になっているけど
見えているのは蛇口から先だけのこと。
そういえば、水道管というものを
まじまじと見る機会なんて
ワタシの人生でほとんど初めてのことかもしれない。

家庭用飲料水は地下に埋設された
水道管を延々と通って
遠くからやってくるんだよなあ。

なんだか有難い。

2018年1月15日月曜日

全国大会in米子


異業種交流会の全国組織があって
年に一度、全国大会が催されるそうな。
全国からそれこそ多種多彩な業種で活躍する
メンバーが何百人も集まって、盛大に交流を広めるとか。
開催地に選ばれたホスト地区は、
全国からのお客さんを、どんな趣向で
お迎えするか頭を悩ませて準備することになる。

これまで主に神戸や博多など、
大都市が開催地に選ばれてきたが
記念すべき第20回目は、なんと
米子に決定したんだって。
地方都市は、ほぼ初めての事らしい。
おめでたいことだ。

と、ここまでなら他人事だ。

ところが、白羽の矢が
エレキ紙芝居に立ってしまった。
しかも、なんと「基調講演」だそうな!
むむむ、責任重大。

もう、パンフレットが出来ている。
ホームページも立ち上がっている。
http://www.business-21.jp/national/

逃げるわけにいかない。
こうなったら、
全国から集まるお客さんを
向こうに回して
思う存分楽しませるしかない~。

今年はちょうど大山開山1300年、
神仏のご加護があらんことを!