2016年9月27日火曜日

神戸に上陸


来月10月18日(火)、
神戸でエレキ紙芝居をやるよ。
ワタシの出番は14時40分から。

第一回ポーランドフェスタというイベントで
日本とポーランドの知られざる友情をテーマにした、
オドロキの感動実話を披露するので
関西の方はゼヒお越しください。
ハンカチがいるかも。

神戸駅から徒歩数分の会場です。


西洋で一番の親日国がポーランド。
相撲が盛んで、
競技人口は日本とほぼ同数、
女子にいたってはなんと
日本の三倍もの競技人口だそうな

今年6月、ポーランドの相撲協会の
本部が置かれるクロトシン市と
古典相撲が盛んな島根県の
隠岐の島町が友好都市になった。

その歓迎会に、ワタシは米子から出しゃばって参加した。
どうしても、席上で披露したかった作品があるのだ。

日本とポーランドの知られざる友情をテーマにした
「ヤポンスカ」。
ポーランドの人たちが、
なぜこんなに日本を好きでいてくれるのか、
よ~く理解できるこの話を
ポーランドの人たちよりむしろ
友好を結ぶ当事者の日本人に聞いてほしかったのだ。

幸いにも好評で、それをきっかけに
今回の舞台におよびいただいたというわけだ。

わたしたちの先輩たちは立派だった。
できるだけ多くの日本人に聞いてほしいなあ。



2016年9月25日日曜日

玉清姫は実在するか?


1300年前、白鳳時代のころ。
伯耆の国の13歳になる女の子が、
父親の代わりに賦役に上った都で、
文武帝に見初められ、
お妃に迎えられたという、
日本のシンデレラストーリーともいうべき話が
地元に伝わる古文書(朝妻縁起、大山寺縁起)
に記されている。

文武天皇のお妃ということは、
息子はあの聖武天皇になる。
奈良の大仏を建立し
日本に仏教を広めた超有名天皇の母が
片田舎の伯耆からやってきた玉清姫?
まさか!おとぎ話でしょl

と、根拠のない作り話のようにも思えるが、
地元の寺にはこの玉清姫の位牌も現存し、
聖武天皇から菩提を弔うために送られた
千手観音は、12年に一度御開帳される。
いまもその習わしが続いているのだ。

それだけでなく、地元の上淀廃寺からは
法隆寺金堂と並ぶ日本最古級の
仏教壁画が出土している。
「山陰の片田舎にそんな寺院がナゼ?」
25年前、全国ニュースになり考古学者を驚かせた謎は、
玉清姫伝説が現実だとすれば、説明が付くのだ。

つまり玉清姫の存在が、天皇を動かし、
玉清姫の故郷に、都にひけをとらない立派な寺院を作らせたのだ。

そして実は、このエピソードは日本人なら
だれでもよく知っている言葉の語源となっている。
日常会話の中で良く使う常套句のひとつに
「玉の輿にのる」という言葉がある。
身分の低い家の娘が、高貴な家に嫁ぐこと、
最近は、ボンビー娘が大金持ちの子息と結婚することを言う言葉。


この「玉の輿」は、玉清姫の天皇家への輿入れが
その言葉の由来だと言うのがワタシの持論だ。

つまり、1300年も昔に起こったシンデレラストーリーが
あまりにも衝撃的で、時代を越えて伝わり
今でも脈々と、死語とならずに使われているのだ。

ちなみに、この語源として、江戸時代、
三代将軍徳川家光に見初められた
京都の身分の低い八百屋の娘・お玉の
輿入れのことだとする俗説があるが、
そもそも将軍家が使うのは駕籠で、
輿は天皇家の乗り物であることから、
信ぴょう性が低い。

玉の輿にのったのは、八百屋出身のお玉さんが初めてではなく、
むしろ玉清姫伝説、あの「玉の輿」が武家の世に実現した!と
当時の人々が騒いで、定着した言葉と考える方が、
筋が通っているのではないだろうか。

前述した、玉清姫の位牌と、菩提を弔う千手観音は
専門家の調査によると、白鳳時代のものではなく、
ずっと後の室町期の作という。
誰かの手により、オリジナルが作り直されたのだろうか。
それとも室町時代に初めてでっち上げられた
フィクションだった可能性もある。
仮にそうだとしても、八百屋のお玉さんの
江戸時代より、はるかに古い時代から、
天皇家に嫁いだ伯耆出身の玉清姫の存在は信じられていたのだ。

玉清姫は実在しなくても、玉の輿の言葉の由来となった、
日本版シンデレラストーリーは実在した。

少なくともそう言っていいと思う。

でも、ナゼ、13歳の田舎娘が天皇に見初められたのか?
文武天皇を虜にした、彼女の魅力とはいったいなんだったのだろう?
誰もが知りたいこの謎を、
まるで見てきたかのようにホントらしく語るのがゴロ画伯、
興味を持った人は、ぜひワタシの紙芝居
「玉清姫」を直接ご覧になっていただきたいのだが
話のついでなので、以下に書く。

玉清姫の魅力、その1. 伯耆出身だった。

玉清姫が生まれた伯耆の国には、渡来人、
特に朝鮮半島からの移民が大勢暮らしていた。
当時、百済、高句麗が相次いで滅び、大量の難民が海を渡ったが
地形、海流の関係で、多くが淀江付近に流れ着いた。
彼らは、高い仏教文化を持っていた。
仏教後進国の日本は、先進国の彼らに憧れを持っていた。
日本の仏教文化の最先端の地となったのが伯耆だった。
また、伯耆は出雲と並び、天皇家から由緒ある土地と考えられ
たびたび妃を迎えていた。


玉清姫の魅力、その2.流行の最先端

仏教文化の中で育った彼女は、時代の最先端モードを体現していた。
しかも渡来人の言葉に堪能で、仏教美術に通じている彼女は
都づくりの建設現場で、通訳やコーディネーターとして重宝された。
すでに都でも有名人、ひっぱりだこの人気者であった。

玉清姫の魅力、その3.孝行娘で信心深い

わずか13歳で、病気がちの父親の代わりに、
遠路はるばる都つくりの賦役に上った
評判の孝行娘、また健気に仏だけを信じる彼女の姿は
政治に翻弄され、親の愛を知らずに育った帝の目に
魅力的に映った。

こう考えていくと、あながち天皇が身分の低い田舎娘を
妃にしてもおかしくないと、思いません?


飛鳥と白鳳


日本を代表するクルーズ船「飛鳥Ⅱ」が
境港の昭和南埠頭に寄港した。

ここのところずっと続いていた雨があがって
見事な快晴、青空が広がった。(9/24)
いいな~♪ 青い空に白い船。

岸壁に設置されたテント小屋のひとつで
クルーズ客に、昔ながらの紙芝居を披露した。

最近はプロジェクターとスクリーンを使った
「エレキ紙芝居」形式での上演が多い中、
ここは屋外なので手作りの木製の箱を使って、
紙を出し入れするクラシック・スタイル。


お年を召したお客さんが多いので、
かえって昔ながらの街頭紙芝居の雰囲気を
なつかしく味わっていただけたかな?

演目は米子・淀江・大山に伝わる
伝説を元に書き下ろしたオリジナル作品。

「玉清姫」。

飛鳥ならぬ、白鳳時代の物語だ。

13歳になる女の子が、
父親の代わりに賦役に上った都で、
文武帝に見初められ、
お妃に迎えられたという、
日本のシンデレラストーリーともいうべき話。


かぶりつきで熱心に観覧されていたご婦人
「面白かった! 声もいいし」
とお褒めの言葉。

そうですか!
最近、ワタシは絵を褒められるより
声を褒められる方が、ずっとウレシイ。

自分で物語を作り、絵を描き語る
自作自演の紙芝居師は
珍しいハズだけど、

紙芝居は結局、話芸ですからね。



酒飲みの夢、酒蔵で上演


米子市淀江にある「ギャラリエ大正蔵」で
23日(金)にライブを開催。
大正時代に建てられた酒蔵のもつ
重厚で落ち着いた雰囲気が気に入って
一度、上演してみたいという夢がかないました。


2016年9月24日土曜日

シカの存在感


22日に妻木晩田(むきばんだ)史跡公園で
開催されたむきばんだ祭り。
あいにくの雨だったが、親子連れでスゴイ賑わいだった。

弥生時代の生活を再現した
展示館で「タイムスリップ紙芝居」を上演。
弥生時代や古墳時代を舞台にした
オリジナルストーリーを子供たちに披露した。

写真の通り、隣に竪穴式住居の模型、
すぐ目の前には古代人が採取してきた
シカのはく製が横たわっている。

薄気味悪いが、シカたない。 

2016年9月20日火曜日

竪穴式住居でタイムスリップ


今年もやります!タイムスリップ紙芝居。
9月22日、妻木晩田史跡公園内の展示室
竪穴式住居の模型付近で
古代ロマンあふれる紙芝居を上演します。
台風一過、秋晴れの妻木晩田にお越しください!

入場無料!
第1回は11:00~、第2回は12:30~、第3回は14:00~



スタアの輝き



海とみなとの映画祭に行ってきた。
(境港・シンフォニーガーデン・9/19)
境港出身の大女優・司葉子さんが
毎年、ステージに上がって
生のトークを披露してくださる。
地元の映画祭ならではの楽しみだ。

出演作「小早川家の秋」(小津安二郎監督)
にまつわるエピソードを、上映する前に
いくつか教えて下さった。
なにしろ司葉子さんは原節子さんが
引退してからもずっと、亡くなるまで
交流していたという大変な方。
日本映画界の至宝ともいえる
「スタア」の素顔を、
これまた「スタア」が直接語るという
映画ファン、特に小津ファンにとっては
信じられない夢みたいな企画。

小津安二郎監督と(ウワサのあった)原節子さんを
イタズラで隣同士に座らせたら、
小津監督はずいぶんご機嫌だったので、
「ああ、ホントに好きなんだ」と思ったとか

プライベートで、原節子さんと一緒に
海水浴に出かけた時、遠くの島まで
泳いで渡るというので、青くなって止めた話とか。

50年以上昔のハズだけれど
まるで女子学生が、
夏休みの出来事を振り返るように
生き生きとおしゃべりされる。
昭和ヒトケタ?とても信じられない。
さすが大女優、いや、
「大スタア」という言葉がピッタリだ。


トークの相手役として舞台に上がった
活弁士の坂本頼光さんと、司会の三浦健吾さんと
その日、映画祭の打ち上げパーティで一緒に呑んだ。

「映画好きなんで、聞きたいこと、
そりゃ、山ほどありました!
でも、いちいち伺っていたら、時間が・・・」

頼光さんの言葉はもっともだ。
映画の上映の事を考えると、
トークの時間は30分が限度かも。
なにしろ「小早川家の秋」は名作で、
銀幕に現れる司葉子さんの可憐さは
大げさでなく、目がくらむ。

くらべると最近の「アイドル」は、
キャンプ場に積み上げられたマキだね。
量は多いけど、不揃いでささくれて、
燃やすしか使い道がない。
でも、集めていっせいに火をつけても、
スタアの輝きの前では、
太陽の前の蛍ほど光らないだろう。


ああ、もっともっと、
本物のスタアのエピソードが
聞きたかったのだが

…また来年を待つしかない。